最近は、週末も早起き。 ただ、その週の疲労度に応じた様々なダメージが来るので、週末に積極的な予定を入れるのは、もう少し先になりそうです。 昨日は、昼食に食べたラーメンの味が分からず、少し焦った^^; そういう味なのか、味覚がおかしいのか・・・不明。
人生という絵日記に、「今日も昨日と同じだった」と書き続ける日々。 あと、何ページあるんだろ。 でも、いまはしょうがない。 もう、それでいい。 そのうち・・・、治るだろ・・・。
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今日は、デイケア先で教わった『あれれ、今おれはナンか苦しいぞ!』と、感じたときの自分が陥っている状況をチェックするツール(その2);『はまり役』を紹介します。
TVドラマの俳優さんを例に説明してくれました。
TVを見ていると、中には器用な俳優さんもいて様々な役をこなせる方もいますが、それが悪役にしろ善役にしろ、最初に周囲に名が売れた作品で一度「この俳優さんとくれば、XXXの役」というイメージが定着してしまうと、もうその俳優さんは、そういう役柄の仕事しか出来なくなってくるそうです。 本人が別の役柄を希望しても、周囲がそれを許さない状況。 時代劇の悪代官さんがしょっちゅう同じ俳優さんだったりとかね。
これは、
・プラスの面の影に潜んで、マイナス面が見えなくなる点
・自分だけではコントロールできなくなってくる側面
という点で、うつ病の原因となるストレス(追い詰められる元凶)としては怖い所だなと感じました。
①会社での業務経歴から「役どころ」が固まってくると、周囲の認識として
「この仕事は、もう当然のように、この人」
②当人は、経験分野でもあり、頼られてもいるので、当然のようにやる。
③周囲も「その人がやること」になると、フェードアウトして手を引く。 もう、まかした。
一見、淡々と仕事が進んでいるように見えてしまいます。が、当人にも見えない無理がその人に積みあがります。
①その人にしか出来ない作業になってしまう。 仕事が人についてしまう。
②いつのまにか、『まとめ役』になっている。気が付くと、一人被告(´∀`;)
③並列・重複している事を、誰も認識できず、肩代わりも出来ない。
④引き受けた以上、自分の責任だ。⇒ 自分でなんとかしなければ!
⑤人・物・金・時間・優先度は、当人には権限がない。⇒自分でやるしかない!
(責任と権限を越える中でのハンドリングをしなければならなくなる)
⑥相談しても、無駄という諦め。
これが風潮として長期化すると・・・、関連する業務は全てその人に重複・集中してしまう。
もう日々限界までただガムシャラに作業するだけで、計画もマネージメントもなにもあったものではない。 一見、少ない専門人員で多くの仕事をこなしていて効率的に見える裏面で、この状況は、当人にとっても、会社にとっても、好ましくない状況になっていく。
「当人は限界までがんばっちゃってるので、マネジメントや十分な報告まで手が回らない」
「問題の本質が報告されないので、上司や会社としても必要対応が認識できない。」
「後輩や代行者を育てる余裕が当人になく、職場としても代行者が育たない」
(人にまかせるより自分でやった方が早いと思い込み、抱え込んでしまう)
「もうダメぽ\(´д`;)ノな状況になってから、問題発覚しても誰も手の打ち様が無い」
「当人はもうイッパイイッパイなので、その業務上のノウハウを会社の財産として吸い上げ、システム化できない」(その人がいなくなったら、消えてしまう財産)
ホウレンソウ と一言で言うのは簡単だ。 が、「それをしても応答がなかった」、「不都合な報告をするとそれに対してのみ突付かれる」、「とにかくやるしかないという精神論に落とされ続ける」等、組織として対処する風土風潮がないと、「結局やるのは自分だ・・・」という『諦め』が出てきて、「ホウレンソウ しても無駄なら 無駄作業」なんて思うようになってしまう。
本来、こういった業務負荷に対する人員のマネージメントは、マネージャの仕事だ。 会社として受注している仕事は、組織として対応すべきだ。 だが、マネージャも人であって超能力者ではなく、当人以上の雑多な情報とガンジガラメの中にいる。 上司を飛び越えて入ってくる業務が、認識されていない事もあるのだ。 「SOSな状況であることを、上司が手を打てる余裕のある時期に報告」し、「どうしていくべきかを提案したり、周囲を巻き込んで相談をし方針決定していく事」は、問題の認識共有化も含めて、自分を守る上でも、会社の動き方としても正しいと思う。 理想論だと言われそうだが、「困った時はお互い様」と、「SOSフラグが立てば、助け合う風土」も作らないと・・・。
「これは自分の『はまり役』だからと、一人で抱え込んで諦め、無理してでもなんとかする」を続けてはいけないのだ。
身が持たんぞ(´ω`)b
ただ、この問題は、当人の業務・意識改革も必要だが、会社や職場の風土の歪み、周囲の認識も正していかなければ解決しない。 だから難しい。 だからこそ、ホウレンソウを諦めちゃいけない。(「問題ないという報告しか上に上がらない風土」ほど危ないと思う。 改善の機会を失う。)
今は、会社全体の動きとして、その辺を変えていく試みを始めているのが見える。負荷の均一化、情報や問題点の共有化、皆が楽になれる改善の模索といった、「皆にとって良い会社にしたい!」という改革のベクトルが見えるようになってきてると思う。 愚痴を言えばキリが無く、成果が見えてくるのはまだ先だと思うが、改革にも時間がかかるのは理解できる。
会社というシステムは、ちゃんと歪みが生じている事が認識されれば、システムとして改善しようとするモーメントが働くのだ。 まともな会社なら、そうであると信じたい。 そして、2年半近くも病気休職で急に職場に穴を開けたにも関わらず、(職場の後任者や上司には心配と無理をかけたかもしれませんが)会社としては淡々と業務をこなしていた。 会社というシステムは、本来そうあるべきだし、良くない表現かもしれんがある意味『そんなもの』なのだ。
だから、
これは自分でやらなくちゃ! 『オレのはまり役だから!』
などと、勝手に諦めて、勝手に全部背負い込んで、イッパイイッパになっていませんか? 又は、そういう人が周囲にいませんか?
身体を壊すまでがんばっちゃう前に、立ち止まって客観視。
「必要ならSOS信号を早めにちゃんと出す」を諦めずにしてみて下さいな。
これが、次に教わった 気持ちを楽にするツール(その3):テーブル に つづく。
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